はむすた母娘、空元気も元気!

末っ子女子大生とその母が、2人3脚でブログしてます。

つわりが重すぎた妊娠・出産、ありがたかったサポート 第3子編

 

世の中には、元気な妊婦さんばかりではなく

いろいろなリスクを抱えた妊婦さんがおられます。

 

 

不妊治療の話は、気にしている方の耳には入るようになりましたね。

心も体もお財布も、とても大変で覚悟のいることだと思います。

 

 

トラブルやリスクを抱えた妊婦さんの話は、目にする機会が少ないようです。

トラブルやリスクを抱えた妊婦さんは外に出る機会がありません。

自宅安静や入院を余儀なくされるケースが多いのです。

 

 

例えば、多胎のお子様を抱えた妊婦さんは

出産までの最後の数か月を、ほとんどの方が入院で過ごすこと

皆さんはご存知でしょうか?

 

人間の子宮というものは、基本的に一人用にできているようです。

3000グラムを二人抱えるということ

つまり、6000グラムを支えることは

子宮にとってとても無理をさせられる仕事のようです。

 

それでも、

子宮は子供を育てる保育器としては、最高に優秀です。

子宮の中で子供を育てるのがベストです。

 

満期までの40週間、なるべくおなかの中で

重くなっていく子供たちを育てるために、

子宮が収縮して子供を押し出してしまわないように、

多胎児を抱える妊婦さんは

じっと横になって薬を投与しながら、動かないように耐えて過ごします。

そうやって、双子、三つ子、

それ以上の人数をはぐくむお母さんたちは

長い時間を病院で過ごしています。

 

 

ほかにも様々なトラブルを抱えて、入院している妊婦さんがいます。

 

つわりで入院するケースというのがあります。

たかがつわりと言わないでください。

 

私の第3子の妊娠・出産は、

まさにつわりとの戦いでした。

お食事中の方は、「あとで読む」チェックにしてくださいね。

 

 

目次

 

 

妊娠発覚

 

前の生理から3週目ぐらいの時に、

つわりのような症状と、軽いおなかの張りを感じました。

それまでの経験から、3週目程度の段階で病院で受診しても

妊娠の判定ができないことを

私は何度か経験していました。

(ふつうは6週以降に病院に来るように、言われることが多いです)

 

 

主人に

「気持ちが悪いんだけど、つわりのような気がするんだよね。

 どうする?」

というと、

「ん? 生むでしょ。」

と、平然と返されました。

 

そういう答えを期待したわけではなかったのですが、

主人がすでに結論を出しているなら

それ以上、言うことはありません。

 

 

我が家の妊娠・出産は、

私はひたすらおとなしく、子宮の収縮を抑えるために寝たきりになって、

保育機に徹するのが役割です。

 

その他全ての家事、育児、私の世話を含めて主人が担当することになります。

第1子、第2子の経験から、十分わかったうえで

「生むでしょ」

と、主人が当たり前のように言うのならば、

私も保育器として過ごす覚悟を決める必要があります。

 

「わかった。来週、病院に行ってきます。」

 

たくさんのサポートをしてもらって上の子たちを産んだ社宅からは、

遠く離れて引っ越したので

近くに頼れる人がいませんでした。

小さな子供のいるお母さんたちと、公園でお話しする程度で

特に親しいお付き合いをしている方もいませんでした。

 

 

第2子出産の経験から、親族があてにならないのはよく理解していました。

 祖父母の介護が、本格的になってきていたのです。

 

 

その時、第1子の「兄ちゃんその1」は小学1年生。

    第2子の「兄ちゃんその2」は幼稚園年少さん。

家族でどうやって乗り越えるか、計画を立てなければと思いました。

 

 

病院での判定

 

妊娠4週、切迫流産の危険があるので

経過観察の必要ありという判定でした。

 

前の妊娠・出産の自己申告と、

4週目での来院という早すぎる診察に来た私を見て

妊娠中に問題が起こりやすいことは理解していただけたようでした。

 

子供が2人いることから、できるだけ家で過ごすことを目標に

まずいと感じたときは、昼夜かかわらず急患で駆け込むことを申し渡されました。

私もそういう場合を考えて、救急指定の大学病院を選んでいました。

 

 

その時点では、

軽いおなかの張りと、軽いつわりがあるだけで

投薬が必要なほどでもなく

私の妊娠初期としては問題がない方でした。

 

次回の検診の予約をして帰宅しました。

 

 

家で準備を始めたこと

 

私ができる限り動かないようにした方が、

トラブルが少ないこと予想できたので

重いものを運ぶことや、外に出ることを全てやめました。

その時に少しだけしていた仕事も、

事情をお話ししてやめることにしました。

 

 

家の中も家族と一緒に

本人たちが自分である程度の管理をしやすいように

物の位置を変えました。

着替えや、学校、幼稚園で使うものも

全て本人の手の届く位置に置きました。

 

それまで、「アイテム別」に収納していたものを 

誰のものがどこにあるかも、わかりやすいように

「持ち主別」にまとめるようにしました。

 

 

 

立っていられる時間が減っていくことを見越して

子供たちが簡単な食事をつくるように教えることにしました。

夏休み、冬休みを過ごさなければいけないので

昼食準備にどうしても必要なスキルでした。

 

小学1年生の「兄ちゃんその1」に

トーストを焼いて、何かをつけて食べること

牛乳をカップに入れて、電子レンジであたためること

を、教えました。

冷蔵庫にトーストに使うものをまとめたトレーを用意しました。

 

幼稚園年少の「兄ちゃんその2」には

シリアルを器に入れて、牛乳をかけて食べること

を、教えました。

シリアルの容器を、幼稚園児が使いやすいものに入れ替えて、

手の届くところに置きました。

 

 

電子レンジやトースターの位置を、彼らが使いやすい高さに置き換えて

冷蔵庫の中も、使用用途にトレーに入れ分けました。

「パン食セット」「ご飯のおともセット」「サラダセット」

な~んて感じです。

彼らが使ってもいいものは、手の届きやすい位置に置き換えました。

 

そのあとも 

小学1年生の「兄ちゃんその1」には、

電子レンジやオーブントースターを使って準備できるもの、

レトルト食品、作り置きの使い方、

レンジで作る簡単な料理など

熱くなるものに注意しながらレパートリーを増やしていきました。

 

幼稚園年少の「兄ちゃんその2」には

調理用ハサミを使わせて、

熱くならない、包丁を使わないで食べられるものから

レパートリーを増やしていきました。

 

 

ほかにも、小学1年生の「兄ちゃんその1」に

弟の幼稚園の準備のお手伝いを頼みました。

基本的には「兄ちゃんその2」本人ができるようしながら

「兄ちゃんその1」が一覧表をみて確認ができるようにしました。

その一覧表は、おとうさんが確認するのにも役に立ったようです。

 

 

 

 

2度目の検診と  妊娠8週目以降

 

妊娠8週目の検診は、

まだ自分で運転して病院まで行くことができました。

つわりのため、食欲は落ちてきていて

体重の変化はありません。

 

少し、喘息気味なのが気になっていましたが

吸入薬で対処療法していました。

心拍数が上がってしまうのできつかったのですが

投薬治療よりいいという判断でした。

 

 

この時点では、まだ私が家族の食事を準備できていました。

家の中の家事も、休み休みしていました。

 

ここから一気につわりがひどくなって

体が動かなくなっていきます。

 

 

妊娠10週目

食べ物のにおいがつらくなりました。

少量食べても戻すようになりました。

台所に立つことが苦痛になって、主人に代わってもらいました。

 

妊娠12週目

 

食べ物を、ほとんど受け付けなくなりました。

 

子供たちへのことは優先していましたが、

家事ができる状態ではなくなっていました。

集中力がなくなり自分で運転することは、難しくなりました。

主人が病院の送迎をしてくれました。

すでに主人は出張の免除をしてもらっていました。

 

 

 

妊娠14週~20週目

水を飲んでも吐くようになりました。

時によっては、何も口にしなくても吐いてしまいます。

 

ものすごく気持ちが悪いのですが、頭は変に冷静で

「胃液って、きれいな黄色い色をしているんだな。」

と、観察していました。

 

横になっているか、トイレで戻しているかぐらいで

起き上がっていられるのは数分間になってきていました。

 

 

子供たちにも、話を聞くこと、本を読んであげること、

宿題をみることくらいしかできませんでした。

 

そういえば、このころ小学1年生の「兄ちゃんその1」が

「ピアノを教えてほしい」

と、言いました。

かまってほしかったんでしょうね。

1年生になったらという約束が以前からあったので、

ピアノのわきのソファーに横になって、夏休みの間だけ レッスンしました。

 

 

幼稚園年少の「兄ちゃんその2」は、

よく絵本を持ってそばに来ました。

私が読んであげるというより、

彼が新しく覚えたことを 私に教えてくれることが多かったように思います。

 

 

体重がかなり減り始めていました。

 

検診の時に、水も飲めないことを知って

先生がブドウ糖の点滴をしてくださいました。

点滴をしながらもどしました。

「口からじゃなくても水分が体に入ると、胃液の色が薄くなるんだな。」

と、思ったことを覚えています。

 

 

「大丈夫ですか?」

と先生に訊ねられたので、

「おなかの中の人が大丈夫なら、耐えることはできます。」

と、お答えすると

「妊娠中は不思議ことに、このような状況でも子供は育つし、

 母体も死なないものなんですよね。」

と言われました。

 

 

私自身、第1子、第2子の時の入院時に

つわりがひどくて入院していた方を見ていたので

まだ大丈夫だろうとは思っていました。

入院しても、積極的な治療ができるわけでもないことを見ていました。

それでも病院にいれば、生活全般から解放されてリスクは減ります。

何かあった時の対応も早いです。

できることなら、入院した方がいいことは確かです。

 

「吐いても多少は体に残るので、水だけは口に入れてくださいね。」

と、医師に言われました。

 

吐くたびにおなかに力が入るので、

張りが来ないかは注意していましたが

出血するほどの張りはありませんでした。

 

 

妊娠20週~35週目

内診で 2センチほど子宮口が開いていることがわかりました。

子宮の収縮を抑えるため、張り止めの錠剤が処方されました。

 

薬をもどさないように、飲むのが大変でした。

何回かは、もどしたような記憶があります。

 

 

検診のたびに、先生が

「どうしますか?」

と尋ねます。

入院するか?という意味だと思います。

 

どんどん体重が減ってきています。

この状況では普通は入院していることはわかりますが、

我が家の状況では

寝ているだけでも私が家にいる方が

子供への声掛けができる分マシなのです。

 

「中身の人が大丈夫なら、耐えます。」

「何かあったら、すぐ来てください。」

が、診察終了の合図になっていました。

 

 

喘息を見てくださっていた呼吸器科の先生が

「有名人になっていますよ。」

と、教えてくださいました。

3人目を抱える母に、変に頑張っている人がいると話題になっていたようです。

 

妊娠発覚からすでに15キロ以上、体重が減っていました。

 

家では横になっているか、トイレで吐いているだけで

子供たちに声をかける以外、ほとんど何もできていませんでした。

30週を過ぎるころには

子供たちも、そばに寄るのを躊躇するようになってきていました。

 

 

病院への送迎を主人がしていて、

入り口から産婦人科までの数十メートルを

ゆっくり休み休み歩きました。

待合室で座っていることができず、横にさせてもらいました。

 

 

ご近所のサポート

 

「兄ちゃんその2」は、通園バスで幼稚園に通っていました。

朝、行くときはおとうさんに見送られていました。

帰りは、おなじバス停を利用するお母さんたちが引き取って

家のドアまで連れてきてくれました。

 

それまであまりお付き合いがなかったにも関わらず、 

顔を見るたび痩せていく私を、ずいぶんと心配してくださいました。

 

 

「兄ちゃんその1」の、同級生のお母さんたちも

参観日の懇談会の話など、学校の様子を教えてくれました。

第1子のことで、小学校で必要なことがよくわからない時期だったので

とてもありがたいサポートでした。

 

幼稚園にも学校にも顔を見せない私の様子を

それぞれに知らせてくれていたのも、そのお母さんたちでした。

必要以上のやり取りをしなくて済んだので

この時期の私にはとても助かりました。

 

 

 

主人の職場でのサポート

 

このころ、主人の職場は徒歩5分の場所でした。

仕事が忙しい時、

定時の17時30分に一度帰宅して

ご飯を作り、子供たちを入浴させてから

仕事をしに会社に戻るという荒業を

何度もやってのけました。

 

 

一年生と年少さんの参観日や運動会に、

誰もいかないわけにもいかず、

主人はその年、有給を使い切っていました。

病院の送迎もあったので、休暇が食い込みました。

 

男性向けの育児休暇のないころでした。

 

普段は有給を消化できないタイプで、

無茶苦茶残業の多い、超ブラックな働き方をする人なのに

妊婦を抱えると極端に仕事をセーブすることになります。

 

職場では人手不足になって大変だったのではないでしょか。

なにしろこの年は、お給料に響くほどの休み具合になりました。

対応していただいた職場の皆さんに、感謝しています。

 

 

妊娠36週目以降

水程度なら、もどさずに飲めるようになりました。

食べ物も一口なら食べられるようになりました。

薬を飲むのに楽になりました。

 

 

出産

 

無痛分娩を推奨している病院でしたが、

予算の関係で、普通分娩を選びました。

(保険適応外なので、当時¥120,000- 位、かかりました)

 

結果的には痛みが前の2回より強く、

痛がる妊婦になれていないスタッフの皆さんに

だいぶご迷惑をおかけしたようです。

申し訳ありませんでした。

 

38週、2630グラムで第3子は誕生しました。

 

産後の私の体重は、妊娠当初よりマイナス18キロでした。 

もともとやせ型とは言えませんが、特別太っていたわけでもありません。

身長 162センチ  第3子妊娠当初 53キロ

それが35キロまで減りました。

小学生以来の体重でした。

 

 

 

第3子の母は、産後はほとんどかまってもらえません。

授乳室では初産のお母さんたちのコーチ扱いです。

子供も早々に、新生児室からベットわきに移されました。

「母子ともに、状態がいいってことですよね。」

と、理解することにしました。

 

産後の食事指導のある病院でしたが

「どうやって体重、体系を戻すか」テーマの中に

「太るために」という項目はありませんでした。

 

 

子供の状態も良く、母乳の出もよすぎるくらいなので

産後4日目に退院となりました。

日本の病院としては、早めの退院だと思います。

 

 

 

退院後

 

首のすわらない新生児を、小学1年生の「兄ちゃんその1」がサクッと抱っこして

どや顔して見せました。

 

幼稚園年少の「兄ちゃんその2」は、足を延ばして座ったところに

赤ちゃんを乗せてもらって、

「弟がよかったけど、女の子でもいいってわかった。」

と、にこにこしました。

 

おとうさんは、慣れた手つきでお風呂に入れて

おむつを変えました。

引き続き、しばらく家事・育児を多めに分担してくれました。

 

私自身は、食べたものをすべて母乳にする体を持て余し

飲まれてはふらふらになるを繰り返していました。

上が男の子2人の母としては、

女の子のおむつ替えが妙に恥ずかしくて、

めんどうだったことを覚えています。

 

 

少しずつ外に出ると

子供たちを知るお母さんたちが

「無事に生まれてよかったね。」

と、喜んでくれました。

それまでお付き合いもなかったのに

サポートしていただいた上、喜んでいただけることが

本当にありがたかったです。

 

 

まとめ

 

第1子、第2子の時、

2か月ぐらいはつわりのために食欲が落ちて

妊娠初期の体重から5キロ程度のマイナスはありました。

その時は切迫流産の方が緊急性が高かったのと、

入院中で医療サポートを受けていたので

それほど気にしていませんでした。

 

第3子は36歳での出産になりました。

3番目の母は、肝は座っていますけれど体力は下り坂です。

しかも妊娠直後からマイナス18キロです。

身を削った実感がありました。

 

 

 

こんな状況で生まれてきても、子供はいたって元気です。

 

 

おなかの中で飢餓状態だったせいか

産まれた直後から真剣にお乳を飲んでいました。

今も、食べることが大好きです。(自己申告)

 

 

オチビのころから「兄ちゃん’s」に鍛えられているので、

体力が半端ないです。

とても付き合いきれず、年とともに

体操教室、スイミング、後にはヒップホップダンスと

体を使うことにばかりお金をかけることになりました。

 

 

第3子は親でも尊敬するほど、休まない子です。

幼稚園入園から、高校卒業までとうとう無欠席でした。

(大学生になった現在は「休み方も学びなさい」と、

 計画的に休むことを私が推奨しています。笑)

 

 

インフルエンザなどにもかかりますが、

学級閉鎖中や冬休みになってからです。

onとoffの切り替えが、すごくうまいようです。

 

上の二人も、長く寝込むことはありません。

調子が悪い時は ものも言わずにベットに倒れこみ、しっかり眠って

翌朝にはがっつりご飯を食べて出かけていきます。

自分の体との付き合い方が、私より断然上手です。

 

 

実はこのあと

私は、ものすごい貧血に襲われます。

第3子出産からしばらくして、生理のたびに出血量が増え続け

荷物を持つと息が上がり、

100メートル歩くと、マラソンをしたかのようにまでなりました。

 

子宮筋腫が原因とわかるまでに、だいぶ時間がかかりました。

貧血改善の投薬に効果か上がらず、あれこれ薬を変えながら

半年ほどしてから、筋腫摘出手術をうけました。

 

 

現在、55歳

去年、生理が終了して、貧血が軽くなり

自分としては、かなり快適に過ごしています。

体重は、かつてないほど増えています。

少しは減らさないとなぁと思います。

 (今の体重は、聞かないでください!)

 

アトピーは相変わらずですが、

喘息はかなり軽くなっています。

ほかのアレルギーとも、そこそこうまく付き合っているつもりです。

 

 

更年期の症状は、かなり軽い方だと思います。

更年期の症状というものは、妊娠時の状況とは関係ないようです。

体力は人並み以下ですが、

人生を楽しめる程度には健康だと思います。

 

 

 

3回の出産に至った妊娠が、全く違うものだったこと

どのように感じておられますか?

夫婦そろって懲りないやつであることは、確かです。

私たちのキャパでは「子供は3人まで」となって、

第3子が幼稚園に入るころに里親登録を解消しました。

その後の主人の仕事ぶり・単身赴任等を思うと、

適正だったかなと思います。

 

 

私は妊娠を病気ではないと扱うことに、かなり不満を感じています。

通常の状態とは絶対的に異なるわけですから

もしかしたら普段元気な方ほど

注意が必要になるのではないかと思います。

しかも、抱えているのは「命」です。

おなかの中の人だけでなく、妊婦さんとその家族のためにも

周りの方々の理解と協力が必要です。

 

 

長々とお読みいただきまして、ありがとうございました。 

妊娠・出産がいろいろあることを、

少しでも多くの皆さんに

感じていただければと思っています。

周りの妊婦さんとそのご家族を、暖かくサポートしてください。

心より、お願いします。    

 

www.micyan-ucyan.work

 

 

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